絵葉書のように

カイコマ

 八ヶ岳の裾野を南へどんどん降りていくと、目の前に南アルプスの山並みが立ちはだかってくる。道を下れば下るほどその黒い壁は迫ってくるので、さらに大きくなって仰ぎ見るようになる。やがて山並みの北に坐る主峰甲斐駒ヶ岳が、親父のゲンコツのような荒々しい拳を振り上げて迫ってくる。その時、一種の恐れを心に抱かせる。

 これが八ヶ岳南麓から望む南アルプスの情景だが、ここから仰ぎ見る甲斐駒は最高だ。親父のゲンコツというのは摩利支天と呼ばれる山体南面の隆起した形状のことで、このマリシテンの見える角度によって山自体がむき出しの岩石のようなシルエットになって見えるので野生味溢れて荒々しいのだ。これを甲府方面にくだって見ると、マリシテンは山のシルエット内におさまってしまうのでおとなしい印象になってしまう。当然、長野や静岡側から見るカイコマが好きな方もいらっしゃると思うが、ここ八ヶ岳南麓からの山容は他所で見るものとは違う特別なものだと勝手に決めつけている。

 標高3,000Mにも迫る雄峰だから山頂は雲に隠れる日の方が多い。運良く快晴の早朝なんかに仰ぎみれば、胸のすく思いがする。この山の天辺に登れたらとも思ってはいるが、登山そのものを考えると峻険なこの山は遠くから拝むものなのかもしれない。平野に生まれ都会に長く暮らしたヤワなオジは今、気弱に正直にそう思っている。山はナメたらいけない。

 20代の頃、仕事でこの地へ来て初めて南アルプスを見た。あの時も長い裾野の道を市街地へ降りていた。そして例の南アルプス巨大化現象を体感してしまった。まさか将来この地に移住するとは思いもせず眺めていたが、今ではその山並みを目の前に、甲斐駒に見下ろされて暮らしているのだから、不思議な運命の糸は細く長く繋がっていたようだ。

 ここへやって来て初めての夏が盛りを迎えている。ひまわりがあちこちの畦道を賑わし、美しい緑の稲は大海原のように波打っている。最近では裾野を下る道にもすっかり慣れた。フロントガラス越しに今日もカイコマを仰ぎ見る。

2026.8.9 八ヶ岳南麓より



David Hockney

 僕が二十歳の頃、何処かの映画館で公開されたドキュメンタリー映画「彼と彼 とても大きな水しぶき」を観たのがホックニーを知る最初の出来事だったと思う。(なぜ観に行ったのかは覚えていない。)画家の生活風景に同性愛を描写したリアルな内容に当時とてもショックを受けた記憶がある。しかし、その時に見た「大きな水しぶき」というプールを描いた絵がとても気に入り、その後見つけた大きな輸入ポスターを額装して自分の部屋に飾った。

 今では他にも沢山好きな画家がいるが、ホックニーは初めて好きになった画家だから、最も長い間ファンだったことになる。特に60年代カリフォルニア時代の洒落た色使い、つくしのように生えたかわいい椰子の木、そしてカラッとした風景の中の瑞々しい青いプール。風景の中の人物はもの静かで思慮深く、どこかミステリアスな魅力を感じた。アクリル画の大作もいいけど、クレヨンでシャシャッとスケッチされた旅行鞄やビーチパラソルなどの素早いタッチが特に好きだった。
 自分の中にこれというお手本が無かった美大生時代、ホックニーは憧れの絵描きとなった。そして自分も絵描きとなってからは、色彩やスタイル、世界観の真似をした。それが僕にとってのホックニーだった。

 6月11日、偉大なイギリスの芸術家デイヴィッド・ホックニーは88歳の生涯を閉じました。最後まで絵を描く情熱は枯れず、巨大な絵を描き、いつも新しいその創作意欲は目を見張るばかりでした。今、訃報を聞いたアーチスト達が追悼の意を表しています。たくさんの人がリスペクトしていることが伺えました。僕も追悼の意をこめて、ここに絵を描きました。

安らかにおやすみください。

2026.6.14 借家アトリエより

 早いもので八ヶ岳南麓に移住して二ヶ月が経った。今住んでいる借家は、庭付きの二階建て、仏間を入れて5つ部屋がある。僕には大きすぎると思ったが、家賃もそれ程高くなく、猫二匹住まわせてくれる借家など他に無く、運良く見つかっただけでも幸運と、内見してすぐに契約した。

 築50年、生まれ育った愛知の実家によく似ている。以前は石材屋さんだったようで、庭には立派な踏石や水鉢、そばの実を挽く石臼、蛙の石像などが転がっている。詳しいことはわからないが、主人を失って2年程と聞いている。約50年の間、ご家族の団欒を見守って来た家だと思うと、心の中がなんだか温まる思いがする。空き家となって2年間、暖めてくれる火も無く、心地よい風を通されることも無く寂しかっただろうと思う。

 引越ししたての頃は、暗い仏間や寒い風呂場、静かな夜は全てがよそよそしく怖かった。それでも毎日自炊をし、冷える夜はストーブを炊き、いつのまにか古い家の生活に慣れて来た。家は生き物だ。そこで暮らす人にとっては身体の一部だと思う。新しいアトリエが出来上がるまでの短い間の身体だが、できる限り庭の手入れをしよう。台所や部屋も清潔に整えて風を通してやろう。そして次の借主にバトンタッチしてやりたい。そうすることで、ここで過ごす一年はきっと忘れがたい愛しい思い出になるに違いない。

 20年暮らした東京の家は、この春から新しい主人を迎え、その暮らしを見守っている。僕が生まれ育った愛知の実家はついに建て替わってしまった、と姉から聞いた。もう二度と戻ることはない過去の家たちの大切な思い出は心の奥底で眠っている。

2026.6.5 借家アトリエより

八ヶ岳南麓へ

 中央高速の空はすでに真っ暗になってしまい、街の灯りも無い山中に入るとだんだんと心細くなってきた。東京を出て一時間、後部座席でずっと鳴き続けている猫たちのせいもある。トンネルを抜ければいつもは雄々しく迎えてくれた南アルプスも見えず、ただ黒い闇が広がっている。これから先、ゆかりもなく知人もいない彼の地でやっていけるだろうか。フロントガラス越しの闇を見ていたらすっかり不安に支配されていた。

 昨年の暮れ、東京を離れることを決めた。何故今更住み慣れた街を出るのか様々な理由はあれど、結局「森の暮らし」に憧れた、としか言いようがなく、もうその気持ちは止められなかった。枯葉を厄介なゴミとせず、あるがままの自然の中での生活をしたい、厳しい自然から生まれる美しい樹々や野鳥と接したい、そんな絵を描いていきたいと思った。年齢のこともある。移住するなら早いほうがいい。いつのまにか「森のアトリエ」のスケッチを書き始めていた。
 家というものの設計はやり始めると本当に楽しい。似たような仕事をテレビ美術でやっていたので尚更だった。毎日深夜0時を過ぎるまで書いては修正を繰り返し、模型まで作った。「森のアトリエ」イメージが固まった頃、それに相応しい土地を探しに八ヶ岳南麓に通った。ところがなかなか良い物件に出会うこともなく、冬の間ただ時が止まったような毎日を過ごした。
 途方に暮れていた頃、「この土地は如何でしょう」と勧めてくれた不動産屋さんの案内で見に行ったそこは、四方を森に囲まれ、敷地にはヒマラヤスギやもみの木がそのまま残る原っぱだった。一目見て、ここにアトリエを建てようと思った。運命とは面白いもので、その日内見した借家(アトリエが建つまでの)も同時に決まった。
 
 その日からは、それまで止まっていた時計が突然動きだしたかのように、毎日自分が嵐の中にいるような日々があっという間に過ぎ、今日の引越の日を迎えた。大切に育ててきたハナミズキが紅色の盛りを迎えていた。樹を見ながら荷物をまとめていたら、心が引き裂かれるような思いになった。
 引越屋さんの段取りが上手くいかず、八ヶ岳南麓の借家にたどり着いたのはもうすぐ9時という頃だった。真っ暗な空き家はどの部屋も寒々として実家みたいだった。春の季節風がアルミの雨戸を揺らす音が不穏で気になった。雨戸の無いトイレや風呂場の窓はむやみやたらに大きく、黒い闇でしかなかった。どこか空々しい部屋に寝袋を敷いて、移動で疲れ切った猫たちと一緒に寝た。よく眠れなかった。

 とにもかくにも新しい生活が始まった。大きな夢を描いたが、それと比例して不安も大きかった。資金繰りのことや、迫ってくる期限、様々な段取りなど、ずっと綱渡りをしているようだったが、最後にはことなきを得た。いつの頃からか「自分は何かに守られている」という気がしていた。
 守り神は、すでにこの世にいない両親なのかもしれない。いや、様々な参拝先の神様なのかもしれない。見守ってくれている家族、友人知人かもしれない。とにかく見えない力が働いている、としか思えなかった。まだまだ道半ばだが、この先何があってもきっとうまくいく、と今では能天気に思いはじめている。

 借家から見える風景を見ながら絵を描きました。引越しの荷物がようやく片付いた頃、もう~という鳴き声で気づいたのですが、向かいの丘に大きな牧場があって毎朝牛を放牧しているようです。
 八ヶ岳南麓は今、のどかな春です。

2026.4.28 借家アトリエより

ありがとう

 毎朝お参りに行く神社の入り口に、大きな赤松があった。天を突くようにそびえ立つ姿は雄々しく、とても格好のいいものだった。四月のある朝、大きなクレーン車が横付けされ、職人らしき男たちが何人も支度をしていた。なにか嫌な予感がして一人に尋ねると、この赤松は病んでいるから伐採することになったと言った。信じられなかった。程なく周辺の欅などの枝をはらい始め、チェーンソーのけたたましい音は町内に響き渡った。木はそうなったら逃げることはできない。切り刻まれていくのをただ立って受け入れるしかない。そう思うといつもチェーンソーの音が痛々しく我が身を切り裂かれているように感じて、一日中泣きたいほど落ち込んでしまう。ただ自分のエゴであることはわかっている。自分の所有物でもない。専門家が病んでいると判断したのだ。枯れ枝が落ち、通学中の小学生が怪我をすることを危惧したのかもしれない。しかし、僕の目にはどこも病んでいるように見えないからどうしても納得がいかなく、悲しくて仕方がなかった。その日は一日中その音が聞こえないように窓を閉め切って過ごした。

 翌朝は雨だった。いつものように参道に行ってみると、遠くから見る鎮守の森は、元々そのような風景だったように見えた。鳥居をくぐると、そこにはただぽっかり、とした空間に赤松の大きな切株だけがあった。全て終わったのだ。周囲には堪え耐えた赤松の最期の息遣いが、雨の匂いと混ざって生々しく色濃く漂っていた。
 切株に近寄ってみると、どんどん松脂が溢れ出ていた。年輪を数えてみると、100年分はゆうに有った。120年以上かもしれない。脇には宮司さんが祈祷したのか榊が添えられていた。林を見上げると大きくぽっかりと穴が空き、雨雲が覗いていた。その空間にあの赤松が生きた証の空だった。
 せめてもの思い出に切り落とした枝一本を頂いて、落ちた松ぼっくりも幾つか自宅に持ち帰った。今回の展示で作品の周りに飾ったものがそれである。

 知人に教えて貰った話し、「ありがとう」の語源は「有り難し」。有ることが難しい、目の前に有る物事は当たり前ではないということを思うと、飛ぶ小鳥も自然の樹々も、今ここに生きている自分の身体の健康も全て、奇跡とまで言わずとも幸運にも、今ここに有る、と感じてくる。その気持ちを大切にしたいと思った。
 今、神社のあの場所は何もなかったような景色となった。いつしかあの赤松のことも忘れ去られていくのかもしれない。ぽっかりあいたその空に「ありがとう、お疲れ様でした」と頭を下げた。

 水翠個展「絵葉書のように」、おかげさまで盛況のうちに昨日終了致しました。前回に引き続き来てくれた方、遠路はるばる来て頂いた方、悪天候の中、足を運んで頂いた皆様、ありがとうございました。これもまた「有り難し」。当たり前ではないことを胸に、謙虚に新たな制作に進みます。そしてまた、皆さんにお会いしたいと思います。
 最後にギャラリーハウスmaya様、暖かくサポートを頂き、とても心強く楽しい、素敵な一週間になりました。心から幸せを感じています。ありがとうございました。

2025.6.1 水翠アトリエより

水翠 個展「絵葉書のように」5/26 Mon. – 31 Sat. 
於: 北青山ギャラリーハウスmaya
ギャラリーのHPは下記リンクへ
https://www.gallery-h-maya.com/schedule/31257/



絵のある風景

 今回の個展についてのお話しをふたたび。

皆さんは絵を飾っていますか?僕は部屋に何かを飾ることが好きで、季節ごとに飾る絵を変えることを楽しみにしています。アトリエはもちろん、玄関、食卓などです。展覧会でその絵と出会い、気に入って購入したものや、頂いたポストカードの時もある。

 今回の個展作品は、そんな生活の空間に飾ることを想像して制作しています。リビングアートとも言われます。絵を飾ることは、その作品に命を授けることです。自分が飾った絵を眺める。誰も知らない自分だけの時間。そして絵はその人と心を通わし生きていきます。その人にとっては大切な友達のような、もしくはエネルギーの源のようなものかもしれない。
 そんな絵を描けたら素敵なことだと思います。

 今、森の絵を描いていますが、先日、実際に山に入ってみました。沢沿いを登り、谷を見下ろし、新緑の息吹が身体中にたっぷりと行き渡りました。それまで描いていた森の風景は心の中、イメージの世界ですが、山登りの後は肌で感じた山も描いています。その絵はギャラリーで探してみてください。

2025.5.16 アトリエより

ps.今回、絵葉書のように小さな絵の展覧会としていましたが、大きな作品も描いてみました。お楽しみに。

水翠 個展「絵葉書のように」5/26 Mon. – 31 Sat. 於: 北青山ギャラリーハウスmaya
東京都港区北青山2-10-26 tel:03-3402-9849
下記、ギャラリーのサイトにて案内をご覧ください。
https://www.gallery-h-maya.com/schedule/31257/

  


しん、とした静かな森

 早いもので個展まであと一ヶ月ですが、今回の展示全体のイメージのお話をします。

 2023年の初個展「stories」から二年、描くテーマは前回より内省的に、個人的な絵になりました。書籍広告媒体で不特定多数に向けて商業的に活動するというより、もっと個人の生活の中で生きていく絵を目指しました。友人からの小さな絵葉書のように。
 絵を飾り、そしてその絵を眺める時、何かしらの心映えが生まれる、そんな作品が出来たら嬉しく思います。

 展覧会の案内には「しん、とした静かな森」と表現しました。この頃、この世界の利益追求主義、組織の論理・効率最優先にはうんざりします。自分もようやくそういう事に気づく歳になったのだと感じます。沢山のおざなりにしてきたものを省みてもっとゆっくりと、心豊かに生きたい。ささやかな至福があればいい。そうして描くものが自然の中へ、そして森へ向かいました。森の奥を抜けてどうなっていくのかは今の時点ではわかりませんが、とりあえずあと一ヶ月、描き進んでみたいと思います。

2025.4.26 アトリエより

ps.絵の飾りに関する「額装」のお話し。ある日、表の畑の隅に打ち捨てられていた角材を見た。長い間風雨に晒されたその木肌の美しさに打たれ、主に頂いて額装の材料にしてみました。おそらく、たいした材ではありませんが楽しく作りました。
作品全てではありませんが気づいて頂ければ、と思います。

【お知らせ】
水翠 個展「絵葉書のように」5/26 Mon. – 31 Sat. 於: 北青山ギャラリーハウスmaya
東京都港区北青山2-10-26 tel:03-3402-9849
下記、ギャラリーのサイトでも案内を見れます。
https://www.gallery-h-maya.com/schedule/31257/
お時間がございましたらお立ち寄り頂き、気軽にごゆっくりお楽しみください。



素晴らしい日々

 映画「PERFECT DAYS」は当初、何十通りもの短編案があり、監督を依頼されたヴィム・ベンダースはそれらを並べ変え一つの物語となる長編映画にしたそうだ。
 そのヴェンダースから貰った余りのフィルムで作られた短編映画The New World。その作品に対し資金の援助を受けたジャームッシュは残りの短編二案を制作し、一つの物語となる長編映画「Stranger Than Paradise」になったそうだ。
 今アトリエで制作している絵たちも、小さな作品です。しん、とした森だったり、心の空模様だったり。その絵たちも繋げてみれば一つの物語や大きな世界。もちろんベンダースやジャームッシュの映画のような名作とは比較にならないと思うけれど。
 今回の個展はみな小さな作品ですので、タイトルは「絵葉書のように」としました。一枚一枚が皆さんの心に届くことを願っています。

2025.3.21 アトリエより

【お知らせ】
水翠 個展「絵葉書のように」5/26-31 於: 北青山ギャラリーハウスmaya
東京都港区北青山2-10-26 tel:03-3402-9849
気軽にごゆっくりお楽しみください。


青い春

 このところ、わけあって暮らしに変化が訪れている。愛猫を看取ったり、旧友と生活を共にしたり。理由は様々だが、めっきり酒も夜も深くなっている。
 そんな二月のアトリエでは、絵の制作が少しずつ進んでいる。五月には二年ぶりの個展を青山で予定している。いったい、どんな展覧会になるのか本人もわからないが、大きな節目であることは間違いない。ただ、毎日筆は動くし、止まってもしばらくすればまた動き出すようで少し安心している。そして今は静かに深い絵の森に分け入っている。
 
 表の畑では満開の梅に野鳥たちがはしゃいでいる。そんな風景を見ながら、風薫る五月の青山に思いを巡らしている。

2025.2.20  アトリエにて

追伸:5/26〜31 北青山ギャラリーハウスmayaにて個展を行います。水彩画を中心とした僕の原点的な世界になると思います。よろしくお願い致します。